宮城県塩竈市の出身。高柳敏夫名誉九段門下。十代でプロ入りすると若くしてタイトルを獲得して最年少記録を塗り替え、大山康晴のあとの時代を一身に背負った。「自然流」と称された大河のような指し回しで盤上を制し、十六世名人をはじめいくつもの永世称号を持つ。日本将棋連盟の会長も務めた、昭和から平成を代表する大棋士。
中原誠門下として将棋の道を歩んだ甲斐智美。女流の主要タイトルを次々と獲得し、初タイトル奪取からわずかのうちに史上五人目の女流ダブルタイトルホルダーへと昇り詰めた。
中原誠門下として棋士となった小倉久史。「下町流」と自ら命名した三間飛車を武器とし、師の弟子の中でも早期にプロ入りを果たした。自身も弟子の山本博志を育て、棋風を受け継いだ。
宮城県出身の少年は十三歳で上京し、同郷の名人・中原誠の内弟子となった。やがてプロ入りすると若手の登竜門・新人王戦を制し、その記念対局は名人に在位していた師との師弟戦に。
中原誠の門下に入った高野秀行は、関東奨励会に六級で出発し、プロ棋士となった。将棋書の著者として、また将棋教室の主催者として、次の世代への普及にも力を注ぐ棋士。
中原誠門下としてプロ入りした熊坂学。「くま君」の愛称で親しまれ、終盤の粘り強さに定評があった。郷里の仙台に戻ってからは子供向けの将棋教室を開き、東北の将棋普及に力を注いでいる。
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