将えにし ― 将棋の縁の相関図
田中魁秀
たなか かいしゅう
棋士番号 104 大阪 出身
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ひとこと紹介
大阪府出身。本間爽悦門下。師から厳しい指導を受けた経験から、自身の弟子には寛容な指導を心がけたと伝えられる。佐藤康光・福崎文吾・阿部隆・長沼洋・小林裕士ら五名を棋士に育て上げた。
縁のはじまり
師弟
田中魁秀 × 阿部隆
田中魁秀門下に入った阿部隆。師から温和な指導を受けて奨励会での研鑽を重ね、プロ棋士の道を歩み始めた。
出典
師弟
田中魁秀 × 福崎文吾
田中魁秀門下に入った福崎文吾。十代のうちにプロ棋士となり、入段後のスピード昇級は当時でも最速クラスの記録を刻んだ。
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師弟
田中魁秀 × 小林裕士
田中魁秀門下として奨励会から棋士となった小林裕士。竜王戦で複数期にわたって連続昇級を実現し、順位戦でも昇級を果たした。
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師弟
田中魁秀 × 長沼洋
田中魁秀門下として棋士となった長沼洋。積極的な中飛車の指し手で知られ、NHK杯では羽生善治を破る活躍を見せた。高田明浩がプロ入りするまで、長年にわたり岐阜県出身の棋士として活動した。
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師弟
田中魁秀 × 佐藤康光
6歳で将棋を覚えた佐藤康光は、田中魁秀の将棋教室に通い、関西奨励会を経てプロ入りを果たした。「緻密流」と称される読みの深さで知られ、当時五冠王だった羽生善治との七番勝負を制して初タイトルの竜王を獲得した。
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師弟
田中魁秀 × 本間爽悦
本間爽悦門下の田中魁秀。姓名判断が好きだった師匠が改名する折に、一緒に改名しようと酒の席で説得され、半ば強引に改名することになった、という間柄だった。
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