東京都出身。土居市太郎門下。穴熊を武器に「怒濤流」と呼ばれ、邪道とされていた穴熊をプロの戦法へと高めた。初タイトルの棋王を獲得し「穴熊党総裁」と称された大棋士。
大内延介が新橋駅SL広場で長年ひらいてきた、春の名人戦・秋の竜王戦の大盤解説会。その聞き手を毎回務めてきたのが、門下の藤森奈津子である。
師匠の大内延介は、入門時の塚田の第一印象を『おしゃれな子だった』と語っている。その塚田は、『攻め100%』『昇天流』といわれる豪快な攻めの棋風で知られる棋士である。
『穴熊党総裁』とも呼ばれた大内延介の門下から出た飯田弘之は、少し変わった道を歩んだ棋士。
『穴熊党総裁』と呼ばれた大内延介の門下・富岡英作は、相手が振り飛車のとき『師匠譲りの穴熊囲い』を好んで用いる。
父・康彦が大内延介の道場に足繁く通っていたことが、大介が棋士になるきっかけだった。『大介』という名も、大内のファンだった父が『大内』の大、『延介』の介をもらってつけたもの。
『怒濤流』と呼ばれた大内延介の門下に、『棋界一の早指し』と評され『マッハ指し』の異名をとる田村康介がいる。師の豪快な振り飛車とはまた別の個性で、盤上の速さを持ち味とする棋士である。
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