将えにし ― 将棋の縁の相関図

廣津久雄

ひろつ ひさお

棋士番号 32 福岡 出身

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縁のはじまり

師弟

廣津久雄 × 青野照市

廣津久雄が育てた弟子は全員が静岡県出身で、青野照市もその一門。十五歳で奨励会に入ると、将棋会館に寝泊まりして雑用をこなす塾生から歩き出した。プロ一年目で新人王戦を制し、のちにA級まで駆け上がってタイトル戦の舞台にも立った。

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師弟

廣津久雄 × 神谷広志

廣津久雄が育てた静岡県出身の門下の一人が神谷広志。中学二年の秋に奨励会へ入り、二十歳の誕生日を迎える前にプロ棋士となった。当時未開拓だった「飛車先不突き矢倉」を武器に、公式戦で連勝記録を打ち立てている。

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師弟

廣津久雄 × 菊地常夫

廣津久雄の門下で育った菊地常夫は、奨励会員のころに古豪新鋭戦を制し、二十六歳でプロ入りを果たした。C級2組順位戦では全勝の成績で、一期でのC級1組昇級を決めている。

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師弟

廣津久雄 × 中尾敏之

静岡県出身の弟子だけが並ぶ廣津久雄一門。その一人、中尾敏之が竜王戦で指した一局は相入玉となり、戦後の公式戦で最長手数となる持将棋として記録に残った。

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師弟

廣津久雄 × 鈴木輝彦

廣津久雄が育てた静岡県出身の門下の一人、鈴木輝彦は十六歳のときに廣津の弟子となり、奨励会で指し始めた。盤上の勝負と並んで文筆を天職とし、著述家としても筆をふるった人物。

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師弟

廣津久雄 × 花田長太郎

「寄せの花田」「終盤の花田」と謳われた花田長太郎の門下で研鑽を積んだのが廣津久雄。兄弟子には塚田正夫や坂口允彦がいた。

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