将えにし ― 将棋の縁の相関図

所司和晴

しょし かずはる

棋士番号 172 東京 出身

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ひとこと紹介

平野広吉門下。膨大な定跡書で知られる研究家で、柔軟な指し回しを身上とした。渡辺明・近藤誠也・大橋貴洸ら多くの俊英を育てた師匠としても名高い棋士。

縁のはじまり

師弟

所司和晴 × 伊奈川愛菓

小学4年生のとき学校の先生から将棋を教わった伊奈川愛菓は、女流育成会を経て所司和晴七段の門に入った。師のもとで力をつけ、15歳で女流棋士としてプロ入りを果たした。

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師弟

所司和晴 × 石田直裕

所司和晴門下として奨励会に入会した石田直裕は、三段リーグを経てプロ入りを果たした。同門の兄弟子には渡辺明がおり、高校の先輩でもあるという。居飛車を主体に角換わりや相掛かりを得意とし、外連味のない真っ直ぐな将棋を指すと評される棋士。

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師弟

所司和晴 × 石井健太郎

幼稚園のころから所司和晴の将棋教室に通い始めた石井健太郎。奨励会での研鑽を経て、三段リーグを首位で抜けてプロ入りを果たした。のちにNHK杯の本戦では、解説を務める師・所司が見守るなかで対局し、白星を挙げている。

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師弟

所司和晴 × 礒谷真帆

千葉県習志野市に生まれた礒谷真帆は、所司和晴七段の門下で研鑽を積んだ。アマチュアとして女流棋戦に出場し、本戦で所定の成績を挙げて女流棋士へと転身する——この道筋でのプロ入りは、彼女が史上初の事例となった。さらにデビュー戦をそのまま勝ち抜き、女流初段への飛び級昇段を果たしている。アマチュアからの一足飛びという、静かに鮮やかな入り口だった。

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師弟

所司和晴 × 近藤誠也

小学1年の秋から、所司和晴が席主を務める将棋教室に通い始めた近藤誠也。師のもとで腰を据えて研鑽を重ね、プロ入り後は順位戦をめざましい速さで駆け上がって、A級へと歩を進めた。

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師弟

所司和晴 × 松尾歩

所司和晴門下の松尾歩は、6級で奨励会の門をくぐった。初段から三段へと一気に駆け上がり、三段リーグを1期で抜けてプロ入りを果たす。間もなく新人王戦を制した。

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師弟

所司和晴 × 宮田敦史

埼玉県吉川市に生まれ、小学生のころ将棋と出会った宮田敦史は、所司和晴門下として奨励会で研鑽を積み、三段リーグを経てプロ入りを果たした。精密な終盤の読みで知られる棋士の道は、師のもとから始まった。

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師弟

所司和晴 × 大橋貴洸

中学二年のとき、研修会から所司和晴門下の奨励会へ編入した大橋貴洸。師のもとで研鑽を重ねてプロ入りし、のちに独創的な『耀龍四間飛車』で升田幸三賞に輝くなど、新しい将棋の形を切り拓いていった。

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師弟

所司和晴 × 上川香織

埼玉大学で将棋を始め、将棋部では主将まで務めた香織は、学生女流名人戦で三位入賞という実績を残した。大学を出たのち女流育成会の門をくぐり、所司和晴七段の門下で研鑽を積んで、女流棋士への道を歩み始めた。

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師弟

所司和晴 × 渡辺明

10歳で所司和晴の門下に入り、奨励会を受験した渡辺明。師のもとで力をつけ、史上4人目の中学生棋士となった。のちに若くして竜王位を獲得すると長くこれを保ち、初代永世竜王の資格を得る大棋士へと育っていった。

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師弟

所司和晴 × 渡辺弥生

東大の将棋部で盤に親しんだ渡辺弥生は、所司和晴の門に入り、年齢制限の壁のなかで研鑽を積んだ。やがて史上初の東大出身女流棋士となり、いまは師とともに将棋教室を開く道を歩んでいる。「普及活動は師匠と開催している将棋教室が中心です」と本人は語る。

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師弟

所司和晴 × 平野広吉

平野広吉七段の門下から巣立った所司和晴は、やがて自らが多くのプロ・女流棋士を送り出す指導者となった。「平成の名門」「東の所司、西の森」と称される一門を築き、その系譜からは名人を獲得した渡辺明が育っている。

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