将えにし ― 将棋の縁の相関図
安恵照剛
やすえ てるたか
棋士番号 107 東京 出身
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ひとこと紹介
東京都世田谷区の出身。高柳敏夫名誉九段門下。長い下積みを越えてプロの道をつかみ、とりわけ子どもへの指導に定評があった。永瀬拓矢や青嶋未来、瀬川晶司ら多くの棋士を世に送り出した、次の世代へ将棋をつなぐ育ての師。
縁のはじまり
師弟
安恵照剛 × 高柳敏夫
「名伯楽」とうたわれた高柳敏夫名誉九段の門下。安恵照剛はプロ棋士となった後、みずからも子どもへの指導で知られ、永瀬拓矢ら多くの棋士を育てる師となった。
出典1・出典2
師弟
安恵照剛 × 相川春香
兄弟が奨励会に参加していたことが縁となり、安恵照剛門下に入門した相川春香。師のもとで力を養い、女流棋士としての道を歩み始めた。
出典
師弟
安恵照剛 × 青嶋未来
安恵照剛に師事した青嶋未来は、三段リーグで史上最高記録タイ(当時)の成績でプロ入りを果たした。初の順位戦でも1期での昇級を実現した。
出典
師弟
安恵照剛 × 加藤桃子
若くして将棋を覚えた加藤桃子は、安恵照剛のもとで研鑽を重ねた。奨励会に在籍したまま初代女流王座に輝き、史上4人目の若さで女流タイトルを手にした。
出典
師弟
安恵照剛 × 永瀬拓矢
少年時代の永瀬拓矢は、安恵照剛に師事した。たゆまぬ研究と将棋への厳しい姿勢から「軍曹」の異名をとり、タイトルを複数制し、将棋界のトップで戦い続ける棋士となった。
出典
師弟
安恵照剛 × 小野敦生
安恵照剛門下として関東奨励会に入った小野敦生。短期間でプロ棋士へと昇段を果たした。
出典
師弟
安恵照剛 × 瀬川晶司
全国中学生選手権で優勝した後、安恵照剛門下に六級で奨励会に入った。三段リーグでの挑戦を経て年齢制限で退会するも、アマ名人に輝くほどの実力で指し続け、プロ編入試験を経て四段に昇段した。
出典
そのほかのつながり
- 日浦市郎(師弟)
- 佐藤紳哉(師弟)
- 上野裕和(師弟)