廣津久雄が育てた弟子は全員が静岡県出身で、青野照市もその一門。十五歳で奨励会に入ると、将棋会館に寝泊まりして雑用をこなす塾生から歩き出した。
廣津久雄の門下で育った菊地常夫は、奨励会員のころに古豪新鋭戦を制し、二十六歳でプロ入りを果たした。C級2組順位戦では全勝の成績で、一期でのC級1組昇級を決めている。
廣津久雄が育てた静岡県出身の門下の一人、鈴木輝彦は十六歳のときに廣津の弟子となり、奨励会で指し始めた。盤上の勝負と並んで文筆を天職とし、著述家としても筆をふるった人物。
廣津久雄が育てた静岡県出身の門下の一人が神谷広志。中学二年の秋に奨励会へ入り、二十歳の誕生日を迎える前にプロ棋士となった。
静岡県出身の弟子だけが並ぶ廣津久雄一門。その一人、中尾敏之が竜王戦で指した一局は相入玉となり、戦後の公式戦で最長手数となる持将棋として記録に残った。
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