将えにし ― 将棋の縁の相関図

関根金次郎

せきね きんじろう

千葉 出身

この棋士の縁を、相関図でたどる →

ひとこと紹介

下総国(現在の千葉県野田市)の生まれ。実力で名人を競う制度へと道をひらき、近代将棋の礎を築いた人物で、「近代将棋の父」と称される十三世名人。土居市太郎や木村義雄をはじめ多くの弟子を育てた名伯楽でもあり、慈愛をもって後進に接した。

縁のはじまり

師弟

関根金次郎 × 土居市太郎

愛媛県出身の土居市太郎は、少年のころ左脚が不自由になりながらも将棋で身を立てる道を選んだ。上京して関根金次郎の玄関番として働いていたところを遊歴中の関根に見出されて入門。その後「土居時代」と称される一時代を築く大棋士となった。

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師弟

関根金次郎 × 福井資明

関根金次郎門下として入門し、プロ棋士となった福井資明。北海道へ移住後は北海道将棋連盟の前身となる将棋大成会北海道支部を設立し、地域への将棋普及に尽くした。

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師弟

関根金次郎 × 花田長太郎

北海道函館市の将棋倶楽部席主の紹介状を携えて上京し、関根金次郎門下に入った花田長太郎。「寄せの花田」「終盤の花田」と呼ばれた終盤の名手で、相掛かり全盛期に「花田定跡」と称される手順を確立した研究家でもあった。

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師弟

関根金次郎 × 五十嵐豊一

関根金次郎門下として入門した五十嵐豊一。温厚な性格で知られ、アマチュアの将棋指導や著作を通じて普及と後進育成に尽くした。

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師弟

関根金次郎 × 木村義雄

「近代将棋の父」関根金次郎門下。実力名人制への道をひらいた師のもとから、初の実力制名人にして「常勝将軍」と呼ばれた木村義雄が育った。

出典1出典2

師弟

関根金次郎 × 小泉雅信

関根金次郎門下として棋士となった小泉雅信。日本将棋連盟創設時の参加棋士二十名の一人として、近代将棋の礎を築く時代に活躍した。奥野基芳・浅沼一ら次代の棋士を育てた。

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師弟

関根金次郎 × 金易二郎

当初は井上義雄門下に学び、後に関根金次郎門下へ移った金易二郎。日本将棋連盟創設時の参加棋士の一人として、近代将棋の礎を担った。

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師弟

関根金次郎 × 渡辺東一

親戚でもあった関根金次郎に入門した渡辺東一。将棋界の発展に尽力し、二上達也を育てて現代トップ棋士へと続く系譜を繋いだ。日本将棋連盟会長も務めた将棋史の橋渡し役。

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そのほかのつながり

読みもの

この棋士が登場する、すこし長いものがたり。