将えにし ― 将棋の縁の相関図

宮田利男

みやた としお

棋士番号 110 秋田 出身

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ひとこと紹介

秋田県の出身。高柳敏夫門下。現役引退後に世田谷で三軒茶屋将棋倶楽部を開き、伊藤匠や本田奎をはじめ多くの若手をプロへと育て上げた。後進の育成で知られる棋士。

縁のはじまり

師弟

宮田利男 × 高柳敏夫

秋田から15歳で上京し、高柳敏夫名誉九段の内弟子として師の家に住み込んで将棋を学んだ。「宮田さんは15歳で秋田から出てきていますね。もし内弟子をしてなくて、アパートか何かに住んでいたら、とてもじゃないけど修行できないと思うんですよ」とのちに語られるほど、住み込みという暮らしの形が修行を支えた。高柳自身も「宮田で四段になるまでいたかな」と述懐しており、四段昇段まで師のもとで過ごした歳月が、この師弟の縁の骨格をなしている。

出典

師弟

宮田利男 × 本田奎

母親に連れられ、小学一年生で三軒茶屋将棋倶楽部を訪ねた本田奎。師匠の宮田利男は母親に『近い将来、頭を抱えることになるかもしれませんね』と告げたという。奨励会三段で長く足踏みする時期を越えてプロ入りすると、初参加の棋戦でいきなりタイトル挑戦を果たす快挙を成し遂げ、長く見守ってきた師の言葉が、ひとつの実を結んだ。

出典

師弟

宮田利男 × 伊藤匠

父から将棋盤と駒を与えられた少年・伊藤匠は、自宅近くの、宮田利男が営む三軒茶屋将棋倶楽部へ通うようになった。入門のとき、師・宮田は『将棋界では、竜王を取って賞金の半分を師匠に返すことが師匠への恩返し』と発破をかけ、伊藤は『元気なうちに実現したい』と応えたという。

出典

師弟

宮田利男 × 伊藤真央

伊藤真央は関東研修会から着実に力を重ね、中学生のうちに女流棋士となった。宮田利男門下の、初めての女流弟子である。

出典

番勝負・決勝のきろく

番勝負・決勝に登場したきろくです(結果は各棋戦のページに)。