将えにし ― 将棋の縁の相関図

木見金治郎一門

師匠:木見金治郎

岡山県の出身。大阪を拠点に活動し、升田幸三・大山康晴ら後世の両雄を育てた。弟子は11名を数え、その一門は昭和将棋史の礎を支えた。

門下(11名)

中井捨吉

大野源一

木見金治郎の内弟子として将棋の道を歩んだ大野源一。同門には升田幸三・大山康晴ら後世の大棋士が連なり、木見道場は昭和将棋界の礎となった。

神田辰之助

親族の反対を押し切って将棋師への転身を決意し、木見金治郎のもとに身を寄せた神田辰之助。師の指導のもとで段位を重ね、名人戦の舞台にも立った。みずからも灘蓮照ら多くの弟子を育てた。

角田三男

木見金治郎の直弟子として将棋の道を歩んだ角田三男。升田幸三・大山康晴も同じ師のもとで学んだ。「角田流ひねり飛車」の創始者として将棋史に名を刻んだ。

升田幸三

将棋棋士を目指して家を出た升田幸三は、木見金治郎の門下に入門した。大野源一・角田三男らとともに研鑽を積み、後の大棋士・大山康晴もこの道場に学んだ。

大山康晴

12歳で木見金治郎門下に入った大山康晴。内弟子として師のもとで研鑽を積み、史上初めて二十代でタイトルを獲得した。さらに当時の史上最年少で名人位に就き、十五世名人の資格を得た。

山中和正

村上真一

二見敬三

戦時中に木見金治郎の門下に入門した二見敬三。升田幸三・大山康晴ら先輩棋士たちと同じ師のもとで将棋を学び、プロ棋士の道を歩んだ。

西本馨

橋本三治

弟子の門下(孫弟子)

神田辰之助門下:岡崎史明・松浦卓造・松田辰雄・灘蓮照 神田辰之助一門へ

大山康晴門下:有吉道夫・中田功・行方尚史 大山康晴一門へ

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