いたや しろう
この棋士の縁を、相関図でたどる →三重県伊勢市の出身。木村義雄十四世名人門下。引退後に名古屋へ将棋道場をひらき、連盟の東海本部長を長く務めて、東海将棋界の土台をつくった。「中京にタイトルを」を願って後進を育て、その宿願はのちに曾孫弟子・藤井聡太の手で果たされた、東海将棋の父というべき棋士。
師弟
板谷四郎 × 石田和雄
石田和雄は板谷四郎に師事して関東の奨励会に入った。三段では東西の人数調整で関西へ移るという珍しい道のりをたどり、関東を勝ち上がった勝浦修と、東西の二人そろって四段へ昇った。
師弟
板谷四郎 × 中田章道
高校卒業後、中田章道は1年ほど板谷四郎の内弟子として過ごし、道場を手伝いながら修業に励む日々を送った。住み込みの下積みのなかで、のちのプロ棋士としての土台が築かれていった。
この棋士が登場する、すこし長いものがたり。