将えにし ― 将棋の縁の相関図

板谷四郎

いたや しろう

棋士番号 29 三重 出身

この棋士の縁を、相関図でたどる →

ひとこと紹介

三重県伊勢市の出身。木村義雄十四世名人門下。引退後に名古屋へ将棋道場をひらき、連盟の東海本部長を長く務めて、東海将棋界の土台をつくった。「中京にタイトルを」を願って後進を育て、その宿願はのちに曾孫弟子・藤井聡太の手で果たされた、東海将棋の父というべき棋士。

縁のはじまり

師弟

板谷四郎 × 石田和雄

石田和雄は板谷四郎に師事して関東の奨励会に入った。三段では東西の人数調整で関西へ移るという珍しい道のりをたどり、関東を勝ち上がった勝浦修と、東西の二人そろって四段へ昇った。

出典

師弟

板谷四郎 × 板谷進

父・板谷四郎門下。東海将棋の拠点を継いだ板谷進は「東海の若大将」と呼ばれ、その火を次の世代へと手渡していった。

出典1出典2

師弟

板谷四郎 × 中田章道

高校卒業後、中田章道は1年ほど板谷四郎の内弟子として過ごし、道場を手伝いながら修業に励む日々を送った。住み込みの下積みのなかで、のちのプロ棋士としての土台が築かれていった。

出典

師弟

板谷四郎 × 木村義雄

木村義雄十四世名人門下。「常勝将軍」のもとで力をつけた板谷四郎は、のちに名古屋へ拠点を築き、「中京にタイトルを」の願いを掲げて東海将棋界を切りひらいていった。

出典1出典2

読みもの

この棋士が登場する、すこし長いものがたり。