いのうえ けいた
この棋士の縁を、相関図でたどる →若松政和門下。攻め将棋の居飛車党としてA級でも活躍し、加古川将棋倶楽部で菅井竜也・稲葉陽・船江恒平ら多くの一流棋士を育てた名指導者として知られる棋士。
師弟
井上慶太 × 出口若武
井上慶太門下として加古川で磨かれた出口若武。三段リーグを1位で抜けて四段に昇り、稲葉陽・菅井竜也・船江恒平に次ぐ井上門下4人目の棋士として、その門をくぐった。加古川の将棋文化が、新しい世代へと継がれていく。
師弟
井上慶太 × 藤本渚
9歳のときから井上慶太門下に入った藤本渚。加古川の師のもとで研鑽を積み、香川県出身では小林健二以来となるプロ棋士へと育った。やがて加古川青流戦を史上最年少で制するなど、これからの飛躍が期待される若手として歩み続けている。
師弟
井上慶太 × 船江恒平
祖父に教わって5歳で将棋を覚えた船江恒平は、同郷の井上慶太が師範を務める加古川将棋センターで本格的に打ち込むようになった。小学2年の秋、正式に井上の弟子となった少年は、のちに棋士となり、師と縁を結んだ加古川の地で開かれた加古川青流戦の初代優勝者となった。
師弟
井上慶太 × 生垣寛人
兵庫県神戸市の生まれ。小学2年生のときに父親から教わったことが、生垣寛人と将棋との出会いだった。やがて関西本部の井上慶太九段の門下に入り、奨励会での研鑽を経てプロ棋士の四段へと昇った。
師弟
井上慶太 × 稲葉陽
小学2年のころ、井上慶太が主宰する『加古川将棋倶楽部』に兄とともに通い始めた稲葉陽。奨励会試験の二次では糸谷哲郎と対局して勝ち、着実にプロへの道を歩んだ。のちに名人への挑戦権を手にするまでに育っていった。
師弟
井上慶太 × 狩山幹生
小学1年生のころ、祖父を相手に将棋をおぼえた少年は、大山名人記念館の将棋教室などで腕を磨いた。やがて中学1年生で奨励会に入り、井上慶太門下で研鑽を重ねる。三段リーグを抜けたとき、その隣には同じ井上門下の横山友紀がいた——同門の三段同士がそろって四段へ昇る、めずらしい門出だった。倉敷の地が送り出したプロ棋士は、大山康晴十五世名人以来のことだったという。
師弟
井上慶太 × 中七海
中学1年生で6級から関西奨励会に入った中七海は、井上慶太九段門下で奨励会の階段を一段ずつ上り、女性の奨励会員として史上3人目の三段という節目を迎えた。その後、女流棋士としての道を歩み始めた。
師弟
井上慶太 × 菅井竜也
小学生の頃に奨励会へ入った菅井竜也は、井上慶太の弟子として関西で力を磨いた。17歳でプロ入りを果たし、NHK杯の本戦初出場では師・井上との師弟対決を制している。多くの弟子を抱える井上は自由な育て方で、門下の棋士たちを見守ってきた。
師弟
井上慶太 × 上野裕寿
小学1年生のころ、加古川将棋倶楽部で井上慶太の指導を受けたのが、この縁のはじまり。やがて師の推薦を受けて奨励会に入り、棋士への道を歩みはじめた。井上門下からの新たな棋士として昇段を期待され、その期待に応えるように、プロ入り後まもなく新人王戦を制してみせた——四段昇段から最速での棋戦初優勝という、鮮やかな門出だった。
師弟
井上慶太 × 横山友紀
将棋の街・加古川で育った横山友紀は、学童保育で年上の子たちと遊ぶうちに将棋と出会った。播磨地区の大会で実力を示し、道場に通うようになる。やがて「道場の方から井上慶太先生のところに行ってみると良い」と勧められたことが縁となり、井上慶太九段の門下に入った。兄弟子たちが声をかけ、師が交流の場を用意してくれる――そんな一門の温かさに支えられながら研鑽を重ねた。三段リーグを抜けたとき、その隣には同じ井上門下の狩山幹生がいた——同門の三段同士がそろって四段へ昇る、めずらしい門出だった。
番勝負・決勝に登場したきろくです(結果は各棋戦のページに)。